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「脱原発、年輪は冴えていま」（2012年七つ森書館刊）収録 3・11後の防災計画福島事故の検証作業福島事故を目の当たりにして、原子力防災など成り立つのか？ 事故後、最初に取り組んだのは、これまで指摘してきた問題点が、実際にどうなったかの検証でした。原子力災害対策特別措置法（以下「原災法」）は、1999年のJCO臨界事故後に制定され、実際の事故に適用されるのは初めてでした。臨界事故後に、市民サイドから事故調査・検証を行おうと結成された臨界事故総合評価会議で、私は今は亡き山本定明さんとともに防災問題を担当しました。オフサイトセンターは原発に近すぎるという立地上の問題がある。換気設備にはフィルターがない。メンバーの参集、連携に問題がある。そして何より情報がオフサイトセンターに集約されることで管理され、情報統制がおこなわれる。総合評価会議の報告で、私たちが指摘したこれらの問題は、まるで福島事故で問題になることを予言していたかのようになりました。せっかくの提言が活かされてこなかったという点では、私たちの非力を反省しなければなりません。 なかでもくやしい思いをしたのは、枝野官房長官（当時）が、事故当日の午後7時45分から行った原子力緊急事態宣言の記者会見で「対象区域内の居住者、滞在者は現時点では直ちに特別な行動を起こす必要はありません」と述べたことでした。これまで各地で行われた原子力防災訓練の監視行動に参加した際に、対策本部において住民避難が必要と判断され避難計画の作成が行われている間でも、防災無線で「避難や屋内退避などの特別な行動をとる必要はありません」と住民に対して広報されることの問題を指摘し、改善を求めてきました。水害の場合には、災害が発生する前の河川の水位が高くなると予想された段階で「避難準備情報」が出され、文字どおり避難の準備にとりかかるとともに、高齢者など災害時要援護者の避難が開始されます。水害でできることがなぜ原子力事故でできないのかと問い続けてきたのですが、実際の事故で、この「特別な行動を起こす必要がない」との広報を許したことは残念でなりません。 福島事故の防災上の基本的な問題点は、「破たんした原子力防災」としてまとめ、事故後早い時期に出版した「福島・柏崎刈羽の原発震災」（七つ森書館）に収録することができました。 自治労脱原発ネットワーク自治体には、地域で生活する住民の生命、財産を守るという使命があります。東日本大震災のような大災害時には、自治体職員は全力で災害緊急対応や、復旧・復興対策にあたらねばなりません。特に事故発生直後の初動時には、避難命令を出すのは本来市町村長の権限とされていることなどから、現場に近い自治体が担うべき役割は大きくなります。そこで、私の所属する自治労は、原子力防災を自治体労働者の視点から政策を考える自治研の課題ととらえ、取り組みを進めてきました。避難誘導の間に被曝をする点では、防災業務従事者の被曝基準は労働条件でもあります。自治労は全国2700余りの組合で構成されていますが、脱原子力に関する情報交換、経験交流などを目的に、原発立地県本部などで構成する「脱原発ネットワーク」という会議を持っています。1991年に発足した当時は「反原発ネットワーク推進会議」という名称だったこの会議では、1994年と旧動燃再処理工場火災爆発事故後の1998年に「原子力防災ハンドブック」を作成。1999年の臨界事故直後には、東海村の当局や消防本部、東海村職員組合などにヒアリングを行って調査報告をまとめています。また、2001年には原災法に対応した防災計画改定に向けて「新・原子力防災ハンドブック」や自治体要求書のモデルを作成して、全国で取り組みを進めてきました。 近年は年に1～2度の会議で経験交流を行ってきた程度でしたが、福島事故を受けて2011年6月に青森で開催したネットワーク会議で、アドバイザーという肩書になっている私から原子力防災の取り組みを改めて行うよう提案。その後、何度かのネットワーク運営会議での議論を経て、「原子力防災ハンドブック2012」を、2012年3月に発行しています。 原子力安全委員会が各地の防災計画を策定する際の技術的指針として「原子力施設等の防災対策について」（以下「防災指針」）を示してきました。原子力安全委員会で始まった防災指針の見直し議論をフォローしながら、福島事故を踏まえた地域防災計画改訂の課題を「原子力防災ハンドブック2012」は取りまとめています。また、福島県本部書記長は、事故後数日間の福島レポートを寄稿し、「安心とは何か、安全とは何か、そして、行政とは、みんなで考える。それが『フクシマ』が与えたテーマだ。」と結んでいます。 2012年6月に成立した原子力規制委員会設置法により、原災法も一部改正が行われ、原子力規制委員会が原子力災害対策指針を定めることが法に位置付けられました。原子力安全委員会は廃止され、防災指針の見直し議論は、原子力規制委員会の指針策定議論に引き継がれることになりました。 防災体制が必要な範囲は防災指針は、よく知られているように「防災対策を重点的に充実すべき地域」（EPZ）を、原発の半径8～10キロ圏とするなど問題の多いものでした。事故後の原子力防災の取り組みは、この範囲をどこまで拡げさせるかが最初のテーマになりました。各地での取り組みの一例として自治労北海道本部の「要求と提言」（2011年6月3日）をみると、「福島第一原発の事故は、その範囲が20キロ圏内の立ち入り禁止、農作物への影響が200キロにもおよんでいることからも、その対象範囲を十分に検証した上で拡大すること。」など8項目となっています。北海道当局は「国に対して、EPZを含む防災指針を早期に見直すよう求め、避難範囲拡大についても国の指針を踏まえるとともに、原子力防災計画も見直す。」などと回答しています。この要求では「20キロ圏内の立ち入り禁止」とされていますが、計画的避難区域に事故後１ヶ月以上経って指定された飯舘村は50キロ圏、11月25日になって特定避難勧奨地域に指定された伊達市保原町富沢は約60キロ離れた場所です。 また、アメリカは在日米人に80キロ圏外への避難勧告を出したことが知られています。東電福島第一原発の吉田所長（当時）も週刊朝日（2011年７月29日号）で「現場ではもっと広い範囲、少なくとも半径50キロは避難していると思った。なんといっても、あれだけの爆発だったんですから。結局、避難範囲が半径3キロ圏内と聞いたときも、『大丈夫か？』と思ったのが正直な印象ですね。爆発が相次ぐ中、当時は私自身、半径30キロどころか、青森から関東まで住めなくなるのではないかと思ったほどです。本社と政府の話し合いで決まったんだろうけど、余震の危険性などを考えれば、最低でも半径50キロ、できれば半径70キロ、万全を期すならば半径100キロでも不思議はなかった。最初は広範囲にして、それから『ＳＰＥＥＤＩ（緊急時迅速放射能影響予測システム）』の予測などをもとに狭めていけばよかったのではないでしょうか。」と語っています。 この点に関して、防災指針の見直し作業では、 ①即時避難をする予防的防護措置準備区域（ＰＡＺ：Precautionary Action Zone）概ね5キロ圏 ②避難を行う緊急時防護措置準備区域（ＵＰＺ：Urgent Protective action Zone）概ね30キロ 圏 ③屋内退避を行うプルーム防護措置実施地域（ＰＰＡ：Plume Protection Planning Area）距離の目安は示されず、福島事故では概ね50キロとされた という案が示されています。 この案に対しては、「柏崎原発反対地元三団体」と「原発からいのちとふるさとを守る県民の会」が「①は、居住不能となった、計画的避難区域や特定避難勧奨地点の範囲少なくとも50ｋｍが必要である。②は、少なくともチェルノブイリの居住不能となった線量に相当する地域とすべきでないのか。賠償対象となった地域とすべきでないのか。それは100ｋｍ以上となる。③は、年間1ｍSv の被ばく線量となる範囲とすべきでないのか。この範囲は東北から関東一帯となる。」とし、「１．新潟県は福島原発事故を踏まえた原子力防災計画を策定すること ２．新潟県は原子力安全委員会に、福島の現実を踏まえた原子力防災計画を策定するよう申し入れること」を求めた新潟県知事あての申し入れを2011年12月16日に行うなど、各地で批判が出ています。 仮に案のとおり30キロ圏を避難計画地域とした場合でも、防災計画の立案は容易ではありません。最も周辺人口が多い東海第2原発を抱える橋本茨城県知事は「ＵＰＺにつきましては人口が約94万人、該当する市町村の全人口では106万人と極めて人口が多いことから、県内にあるバスを総動員しても１回に24万人しか搬送できないため、一斉に106万人を避難させるのは不可能であると考えております。このため、今後、国から示される避難の基準や指標次第でありますが、避難手順、避難先の確保、災害時要援護者の避難などを具体的にどうするかが最も深刻、重要な課題になってくると認識しております。」と県議会で答弁（2012年3月5日）しています。 毎日新聞は、30キロ圏の21道府県に取材し、避難の手段の確保では、北海道だけがバス1500台で住民7万5000人の搬送にめどが立っていると回答し、当該区域に人の住んでいない岐阜県を除く19府県は検討中か今後検討すると回答したと報じています。（2012年4月23日） ＳＰＥＥＤＩの情報公開本来、防災計画が必要な範囲は、地形や避難道路、よく吹く風向き、人口分布など地域の実情を踏まえて決められるべきです。その際、少なくとも福島事故並みの過酷事故で汚染がどのように広がるか予測しておくことが必要です。福島事故では計算結果が公表されず役に立たなかったＳＰＥＥＤＩ（緊急時迅速放射能影響予測システム）ですが、これを用いれば予測が可能です。京都府はＳＰＥＥＤＩによって高浜原発で福島事故並みの放射能放出があると仮定し、月ごとの風向きを入力して被曝線量を試算し、京都市内など府南部も屋内退避基準を超えるという結果を公表しています。 大飯原発再稼働をめぐって被害地元だと主張した滋賀県は、従来のＥＰＺ圏外でＳＰＥＥＤＩ端末を持たないため、国に対して京都府と同様の試算結果の情報を求めましたが、応じてもらえなかったため、県琵琶湖環境科学研究センターの大気シミュレーションモデルを応用して独自に計算を行っています。安定ヨウ素剤の服用が必要とされる範囲は大阪府南東部の富田林市付近（約100キロ）にまで及ぶという結果は、影響が大きいと一部非公開にされました。このため、滋賀県はもちろん、結果の提供を受けた兵庫県などで、市民による情報公開請求が行われています。 滋賀県は、国が概ね30キロ圏とした緊急時防護措置準備区域（ＵＰＺ）を最長42キロまで拡大する方針とされています。このような独自の取り組みにつなげようと、各地で試算の実施と結果の公表を求める取り組みが行われています。 防護措置実施の判断基準について防災指針見直し案の問題点は、実はＵＰＺ等の範囲ではありません。避難や屋内退避を実施するかどうかの判断基準、意思決定の手順です。ＳＰＥＥＤＩ等を用いる予測的手法による意思決定は、放出源情報、気象状況、拡散状況、線量推定などで不確かさが大きいとして、意思決定の仕方を、予め決められた判断基準に基づくものへと変えることを提案しているのです。例えば予防的防護措置準備区域（ＰＡＺ）では、予め決めている緊急時活動レベル（ＥＡＬ：Emergency Action Level） に該当した場合は、自動的に避難することになります。国際原子力機関ＩＡＥＡは「様々な自然災害」をＥＡＬとすることを提案しているので、例えば震度５強の地震をＥＡＬ とした場合、地震発生とともに原発に異常が確認されなくても避難を開始することになります。 同様に緊急時防護措置準備区域（ＵＰＺ）での避難は、主として運用上の介入レベル（ＯＩＬ：Operational Intervention Level）に基づいて行われます。ＯＩＬは、空間線量率、空気中放射性濃度などの計測可能な値の中から、原子力施設の種別、注目すべき核種、想定事故の態様等を踏まえて、規制機関が予め設定するとされています。例えば、ＩＡＥＡ は、避難や屋内退避を始めるＯＩＬとして1000マイクロシーベルト／時という値を示しています。平常時の約２万倍、原災法で緊急事態宣言が求められる線量の２倍にあたり、１時間で平常時の一般人の年間被曝限度量に達する値です。このように高い値が計測されてから避難が開始されるのであれば、高い被曝は避けられません。筆者は、「原子力防災ハンドブック2012」、「はんげんぱつ新聞」や原子力資料情報室通信の記事など、機会あるごとにこの問題を訴えてきました。 自治体交渉でこの問題を問いかけている例としては、「越境する原子力災害対策／原子力規制行政を求める住民ネット・富山」（略称〈越境〉ネット･富山）の対県質問状をあげることができます。2012年3月21日付の県知事あて質問状では「進められている『防災指針』の見直しの抜本性の要素として、『EAL』・『OIL』という『緊急時防護対策』の『意思決定』手順にかかわる考え方の導入が図られるとのことですが、貴県の『地域防災計画』（原子力災害対策編）への、その組み込み方、また、そのための準備の進め方を示してください｣と要求。４月13日に県の担当者から回答を聞いて、発行ニュースでは次のようにまとめています。
安全協定をめぐる取り組み安全協定は、法的な安全規制権限を持たない自治体が原子力事業者と結ぶ紳士協定です。原子力事業者は、これまでは立地自治体や隣接自治体などに締結先を絞ってきました。福島事故後に従来の立地県以外で協定を結んだ最初のケースは、島根原発から30キロ圏内に含まれる鳥取県と境港市、米子市が、中国電力と2011年12月25日に結んだものでした。地元協定にある増設や変更の際に自治体側の事前了解を求める項目は自治体への報告に骨抜きされ、地元協定の「立入検査」という言葉も「現地確認」に置き換えられています。これに対し、2012年6月9日に長崎県、松浦市、佐世保市、壱岐市、平戸市が九州電力と結んだ協定では、長崎県職員の「立入検査」を認めさせています。〈越境〉ネット･富山は、安全協定でもユニークな取り組みを行っています。これから締結を求める富山県やＵＰＺに該当する氷見市への対応のため、3回シリーズで開催したセミナー「地域住民／議員／自治体が共に学ぶ 地域自治体と原子力災害対策／原子力規制行政」の第1回目に菅原慎悦氏（東大大学院工学系研究科原子力国際専攻）を招いて安全協定の基本を学んだ後、氷見市議会議員に対し「電力事業者との間で結ぶ『安全協定』では、貴市の『事前同意権』及び『避難を判断する際に誰でも利用可能な『生データ』へのアクセス権』を明記することに合意させることが、肝要です。氷見市議会議員の皆さん、どうか堂故市長を支えて、勇気をもって内実を伴った『安全協定』の締結に向けて、前へ進んでください。」とする緊急アピールを2012年2月26日に発しています。 この直前の2月21日に開かれた県防災会議で、宇根崎博信京大原子炉実験所教授や片岡勲阪大教授が、立地県並みの安全協定でなくてもよいとの趣旨で発言し、堂故氷見市長が「協定の内容は、住民からみて県や市がちゃんと安全を確保しているのか、気合が入っているのかが問われる。立地県とは違うという言葉だけでは片づけられない重いものがある。福島第１原発事故では離れた地域でも大きな被害があり、しっかりした協定を結べるようにすべきだ。」と反論したことを受けての行動でした。「避難を判断する際に誰でも利用可能な『生データ』へのアクセス権」を安全協定の盛り込むよう主張している点に注目です。 原子力防災訓練監視行動福島事故の避難計画の決定では、菅首相など官邸の首脳はＳＰＥＥＤＩ（緊急時迅速放射能影響予測システム）の存在すら知らなかったとされています。原災法に基づき、国は年１回各地の原発の持ち回りで原子力総合防災訓練を主催し、首相官邸もテレビ会議等で訓練に参加しています。おざなりの訓練では全く役に立たなかったということです。福島事故後、国主催の訓練は行われていませんが、県主催の訓練は各地で行われています。このうち2012年6月3日に福岡県が、6月9日には富山県が初の原子力防災訓練として、30キロ圏に入る住民の広域避難訓練などに取り組んでいます。 あらかじめ決められているシナリオどおり「下手な役者」が演じるような訓練ですが、それでも荒天でヘリコプターや船が使えないなど、予想外のことが発生します。シナリオを訓練参加者に明示しないブラインド訓練の実施を求めるなど事前の交渉とともに、訓練当日は監視行動がこれまで取り組まれてきました。 なかでも熱心な取り組みを続けているのが、毎年の訓練で組織だった監視を行っている鹿児島県平和運動センターです。事前の学習会や打ち合わせ会議に参加したメンバーが複数の班に編成され、オフサイトセンター、プレスルームや避難地域、避難先などに分かれ、チェックリストに基づいて監視行動を行います。総括会議では、各監視ポイントの写真をプロジェクターで再生し、参加者で共有する工夫も行っています。８月11日に実施された2012年の訓練の監視行動では、40数名が16班に分かれ、住民聞き取り調査を行いながら取り組みが行われました。初めて放射能が放出されるという想定になったにもかかわらず、屋外に集合して避難が行われていたこと。逃げ遅れた住民を搬送する予定のヘリコプターが悪天候で飛ばず、避難予定の訓練参加者が放置されたことに抗議し、追加の避難用車両を手配させたことなど、監視行動でなければ見えない問題点が指摘されています。 このような地道な活動が各地で展開され続ければ、真に住民の生命財産を守るためにはまず原発を止めるしかないという結論が見えてくると信じています。 |